東京地方裁判所 平成8年(ワ)6744号 判決 1996年10月29日
原告
清水和子
右訴訟代理人弁護士
澤田保夫
被告
カツデン株式会社
右代表者代表取締役
坂田鐐司
右訴訟代理人弁護士
中嶋正起
同
好川弘之
主文
一 原告の請求を棄却する。
二 訴訟費用は原告の負担とする。
事実及び理由
第一 請求
被告は原告に対し、金四七万八六一〇円及びこれに対する平成七年七月八日以降支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
第二 事案の概要
一 争いのない事実
1 原告は、被告に雇用されていたが、平成七年六月二七日定年により退職した。退職時の給与は、月額二五万一九〇〇円である。
2 被告の給与規程によれば、夏期賞与の支給日は原則として七月第二週目の金曜日とし、支給対象期間は前年一一月二一日から当年五月二〇日までとするが、支給日現在に在籍している者に支給すると定められている。
3 被告は、平成七年七月七日に同年度の夏期賞与(以下「本件賞与」という。)を従業員に支給したが、原告には支給しなかった。
二 争点
1 原告の主張
(1) 賞与は、労働の対価として支払われるもので、この点において月例賃金と性質が異なるものではなく、原告は本件賞与の支給対象期間である平成六年一一月二一日から平成七年五月二〇日までの期間勤務していたのであるから、本件賞与は全額支給されるべきである。
(2) また、賞与は、労働者の生活を支える点でも月例賃金と同じである。今日賞与の多くは年二回(夏と冬)程度を標準に毎年決まって支給され、査定要素が少なくなり、一律支給的性格の極めて強い賃金となっている。更に、賞与の額も次第に増加を続けているのであって、労働者にとってはまさに年間所得の一部として、その生活維持のために欠くことのできない重要性を帯びている。
(3) 支給日現在在籍していることを要するとするいわゆる支給日在籍要件は、支給対象期間の全部又は一部を勤務しているにもかかわらず、支給日在籍者と不在籍者との間に支給上差別を設けるものであり、不在籍者には支給しないとすることは、労働者に大きな生活不安を与えることにもなる。したがって、支給日在籍要件を定める就業規則等の規定は、労働基準法一条の趣旨に反し、労働の尊厳性に違反するもので、無効と解すべきである。
(4) よって、原告は被告に対し、本件賞与として給与の1.9か月分に当たる四七万八六一〇円及びこれに対する支給日の翌日である平成七年七月八日以降支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払を求める。
2 被告の主張
(1) 賞与は、当該企業の業績や従業員の勤務成績を勘案した結果、支給するか否か、支給する場合には支給額が決定されるもので、被告の給与規程上もこのことは明らかである。したがって、賞与は、その支給対象期間に労働したことにより当然に具体的請求権が発生するのではなく、月例賃金とは決定的に性質を異にする。
(2) 支給日在籍要件は、当該賞与の受給資格者を明確な基準をもって確定するという政策的見地から規定されるものであり、その内容には十分合理性が認められる。
(3) なお、本件賞与の支給率は1.8か月分である。
第三 判断
乙第一号証によれば、被告の給与規程には、「賞与は、社員の勤務成績と会社の目標成果達成に貢献する度合いを勘案して、支給する。」(第二二条一項)、「賞与、その他臨時に手当を支給する場合の金額および支給方法は、その都度定める。」(同条三項)、「賞与は、会社の営業成績により支給を停止することがある。」(同条五項)、「支給対象期間中に欠勤、または不就業の場合は、勤務成績と業績貢献度を主とし、これに出勤期間の長短を総合のうえ賞与額を査定する。」(第二三条)と定められている。これによれば、被告において賞与は、従業員の勤務成績と会社の業績に基づいて、支給するかどうか、支給するとして各従業員に対する支給額がその都度決定されるものであることが認められ、この点において、支給対象期間勤務することによって当然に発生する月例賃金とは性質を異にするといわざるを得ない。したがって、原告が本件賞与の支給対象期間である平成六年一一月二一日から平成七年五月二〇日までの期間勤務したからといって、当然に支給されるものと解することはできない。
賞与の受給資格者につき支給日現在在籍していることを要するとするいわゆる支給日在籍要件は、受給資格者を明確な基準で確定する必要から定められるものであり、十分合理性はあると認められる(因みに、一般職の職員の給与等に関する法律第一九条の四、同条の五によれば、一般職の国家公務員に支給される期末手当及び勤勉手当についても、基準日ないし基準日前一か月以内に在職することを要件としている。)。原告は、支給対象期間勤務しているにもかかわらず支給されないのは不合理である旨主張するが、賞与の前記性質及び支給日在籍要件も給与規程に明記されていることからすれば、支給対象期間経過後支給日の前日までに退職した者に不測の損害を与えるものとはいえないし、支給日在籍者と不在籍者との間に不当な差別を設けるものということもできない。したがって、支給日在籍要件を定める就業規則等の規定は労働基準法一条の趣旨等に反して無効であるとする原告の主張は採用し難い。
なお、原告は、今日、賞与は労働者にとって年間所得の一部としてその生活維持のために欠くことのできない重要なものとなっている旨主張するが、仮にそのような実態があるにしても、賞与の性質等に照らして、以上の判断を左右するものではない。
そうすると、原告が本件賞与の支給日である平成七年七月七日に在籍していないことを理由に、これを支給しなかった被告の措置は正当であるというべく、原告の本件請求は理由がない。
(裁判官萩尾保繁)